政治とアカデミアの微妙な関係

デジタル化推進でイケイケだった菅総理だが,一転,日本学術会議の任命拒否という予想外の話題で炎上をしてしまった.私は,日本学術会議などという偉い組織とは関わり合いのないペーペー研究者であるが,基本的に法政大学の学長声明に同意である.
www.hosei.ac.jp

法律論は既に任命拒否された専門家が様々に議論しているので,なぜ菅総理が任命拒否をしたのかという点について考えてみた.

権力者がほしい「学者集団」とは?

まず,大前提として,自由な学者の集団など権力者にとって完全に邪魔である.政治家がほしいのは,自分の政策に権威付けをしてくれる学者であって,あれこれ難癖をつける学者ではない.

最近だと,大阪府の吉村知事が,自分の政策である経済早期再開を進めるために,都合のいい説を提示していた感染症専門外の学者をパフォーマンスに利用した事例が記憶に新しい.
mainichi.jp

また,感染症専門家と政治の緊張関係は今後も繰り広げられるだろう.
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なぜ日本学術会議がターゲットにされたか

さて,各種報道によると,日本学術会議人事への介入が始まったのは2016年の人事からのようである.

このときは定員以上の推薦名簿を示すよう要求しただけであったが,2017年には補充人事の拒否を行い,今年(2020年)の任命拒否に至ってついに明るみに出た.初めの2016年夏前に何があったかというと,2015年の安保法制国会だろう.このときは与党側の呼んだ法学者が安保法制は違憲であると発言して大騒ぎになった.その後も人文系研究者グループの抗議が相次いで,当時官房長官であった菅さんは手を焼いたはずである.また,2017年には日本学術会議の「軍事的安全保障研究に関する声明」が出た.これにより,防衛省の研究費を受託する大学が激減してしまい,メンツが潰された格好になった.年表にまとめると以下の通り.

2015年 安保法制国会🔥
2016年 日本学術会議の人事に官邸が定員以上の名簿を事前に示すよう要求
2017年 補充人事の一部を拒否・欠員のままに
軍事的安全保障研究に関する声明
2020年 学術会議推薦の6名を任命拒否

今回の件は,この状況を前々から苦々しく思っていた菅総理が,日本学術会議の新体制がはじまるタイミングに合わせ,政権と対立したことのある委員の任命を拒否することで,日本学術会議へ「政権と対立する活動は慎むように」というメッセージを送ったのではないかと,私は思う.

もちろん,ここまで問題になると考えていなかったと思われる.日本学術会議法の条文上は総理が任命権者だから,一般の公務員と同様ぐらいに考えており,多少外野が騒いでも「学問の自由」との関連は間接的だし,人事権の裁量でもって「個別の人事にはノーコメント」を貫けば乗り切れるという目算だった.

ところが,過去の日本学術会議法改正時に,総理大臣は「形式的な任命」を行うと明確に答弁していたものだから,さぁ大変.あると思っていた人事権が,実はほとんどなかったのである.ここで,菅総理は困った事態になった.

「法解釈を変更した」と答える そもそも立法意図と異なる法解釈を内閣の裁量で行えるのか,変更を行ったのはいつなのか・・・ と,あっという間に検察官定年延長問題と同じ構図に.
「法解釈を変更していない」と答える 過去の国会答弁と矛盾しないためには,任命拒否した6人について,拒否に相当する十分な理由があったこと(研究不正とか違法行為とか)を説明しなければならない.しかしながら,この6人は日本学術会議へのメッセージ用に「過去に政権と対立した人物」を選んだため,表に出せる理由はない.*1

真正面から受ける手がない以上,法解釈は変更していないけど任命拒否はできるようにしたという珍妙な答えをするしかないが,さすがに苦しい.そこで,日本学術会議自体の「問題点」を挙げつらって,場を混乱させ有耶無耶にする作戦を取っているのがここ数日である.

今後どうなるか

今回の日本学術会議の件がどうなるかは予断を許さないが,政治側の意図は一貫しており,政権に都合のいいことだけ言ってくれる学者集団を作りたい,これに尽きる.これは菅総理個人の問題というよりは,以前からずっと政治とアカデミアの間で繰り広げられてきた微妙な綱引きの一貫であろう.ちなみに,同様の規定は国立大学の学長にもあるらしく,次のターゲットはこれになるのではないかと思う.
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*1:これが1人や2人であれば何とかなったかもしれない