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太平洋戦争と原発事故の共通点から、私たちが学ぶべきこと

70年前に起きた太平洋戦争と現在も進行中の原発事故。2つの出来事にはいくつかの共通点がある。どちらも、国策の失敗によって破滅的な被害を出してしまったということ。そして、どちらも日本人にこれから(も)重くのしかかる出来事だということだ。中には「第二の敗戦」という人までいる。
しかし、太平洋戦争は既に終わった出来事で、非常に多くの分析がなされてきた。今も収束していない原発事故とは違う。もしかしたら、70年前の戦争の分析から、何か得るものがあるかもしれない。その観点で歴史を振り返ってみると、意外にも2つの出来事に至る経緯がよく似ていることがわかってきた。

常に最悪の状況を想定すること

開戦前の当時、日本とアメリカの国力差は圧倒的だった。政府もそして軍人さえも、アメリカとの開戦は望んでいなかった。政府は外交交渉で日本の孤立を回避しようとするが、「どうにかなるさ」と決断を先送りし続け、気づいた頃には誰もが避けたいと思っていたはずの最悪の選択肢「日米開戦」しか残っていなかった――。NHK「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」という番組では、こんなリーダーたちの問題先送りが描かれていた。
一方の原発事故。地震の前の原発の安全指針では、事故の原因となった全電源喪失という事態は全く考慮もされていなかった。長い間「そもそも全電源喪失なんか起こりえない」と思われていた。全電源喪失が起きればどうなるか皆が知っていたにもかかわらず、なぜかその観点がすっぽりと抜け落ちてしまっていた。
どちらも、最悪の事態に至る可能性をなぜか排除して考えてしまっていたことに、失敗の大きな原因がある。失敗が許されない局面こそ最悪の事態を想定しておくべきなのに、それを怠ってしまう。2つの大きな失敗の背景には、こうした楽観的な推測があった。

言葉に騙されないこと

戦争に至ってしまった失敗の原因として有名なのものに精神論がある。「不屈の精神が逆境を跳ね返す」といった言葉が、人々の目から現実を覆い隠してしまった。結果、インパール作戦のような軍事作戦を行って大きな損害を出しただけでなく、本土空襲が始まって敗戦が決定的になってからも、「一億総玉砕」を唱え続け、被害の拡大を食い止めることができなかった。
一方で、原発の安全性の議論も言葉に翻弄されて有効な議論にならなかった面があると、「原発もあの戦争も、「負けるまで」メディアも庶民も賛成だった?」で指摘されている。「核廃絶」や「戦争反対」といったイデオロギー論争の言葉にばかり目を奪われて、科学的な安全性の検証といった実のある議論がほとんどできなかった。
問題が複雑になるにつれ、だんだん言葉が本質だと勘違いしてしまうことがある。いつのまにか、現実と言葉がすり替えられた「言葉だけの議論」に陥ってしまう。それだけの力が言葉にはあるということだ。大切なのは、見かけの言葉に騙されず、問題の本質について議論するということである。
残念ながら、この「言葉だけの議論」は未だに行われているように感じる。たとえば、「原発は原爆と同じ」というような言葉はショッキングだが、人を脅かす以外に実質的な中身があるとは思えない。

いま役に立つ歴史の振り返り方

これまでの戦争に関する目立った議論といえば、とにかく悲惨な戦争体験を強調するあまり「戦争は絶対ダメです」と言って思考停止するか、「アメリカが悪かったからあれは仕方なかった」といって延々と昔の日本を弁護するかの、どちらかだった。議論は平行線をたどり、結論が出た試しはなかった。
一方で、戦争を「国策の失敗」として眺めてみると、「最悪の事態を想定しない」や「言葉に騙される」といった失敗の原因が浮かび上がってくる。それは、70年後の私たちが置かれた状況にも驚くほど共通点がある。「第二の敗戦」を迎えた私たちにとって、それは、役に立つ歴史の振り返り方の1つではないかと思う。

そして、震災前にこういう企画を放送していた、NHKのドキュメンタリーのクオリティに改めてびっくり。